正義とは一体何なのか?相撲協会のいざこざから考える
相撲協会の最近のいざこざを見てると、「正義って何だろう」と思ってしまう。
僕は親に人生でやっては行けない事ということで3つ教えられました。
1.殺人
2.借金
3.浮気
まあ下の2つに関してはもうやってしまったので、すまんな親父って感じなんですが、
その話はさておいて、
1の殺人。
これはもう絶対に何があってもいけないことというのはさすがの僕も理解してます。
そこに至らなくても、殺人までの過程って沢山あると思うんですよ。
例えば身近な所でいけば交通事故。
過失であろうとなんであろうと、車と人がぶつかればまあ大抵死にます。
で、こういう時ってぶつけた方が、例えば相手がどんなに悪くても責任を負うっていうのが常識だと思うですね。
だから車の運転って細心の注意を払うし、自分が加害者にならないように意識するわけじゃないですか。
でももし万が一ぶつけて相手を殺してしまっても、これは殺人。
意識的に「あいつ気に入らないから轢き殺してしまおう」と思って殺しても殺人。
殺人には変わりはないのです。
で、今回の相撲協会の騒動。
僕も人間なので知っていますが、カラオケのデンモクで殴られたら洒落にならないほど痛いです。
っていうか打ちどころ悪ければ、頭だったら下手したら死にます。
最初は殴ったのはビール瓶だのなんだかんだ言われてましたけど、
ビール瓶もデンモクも殴られたら痛いからな。
「手を出したら負け」
ってよく言われてると思うんですけど、まさしくその通りで、
どんな理由があろうとも、ダメだと思うんです。
今回は幸い怪我で済んでますけど、これもし死亡してたら横綱、殺人者ですよ。
っていうか暴行っていうのは殺人の一歩手前なので、絶対に今回の騒動で許されないのは横綱だと思うんですね。
でも世間の流れ的には「生意気な事を言った方が~」だの「協会に協力しない親方が~」だの、もう何ていうか根本的にズレてる。え?僕がズレてんの?違うでしょ。
横綱は引退しましたけど、辞めたからいいってわけじゃあないからな。
引退した皮切りに、今度は親方に非難が殺到してますけど、
親が子を守るために最善を尽くしてる印象しかないですよね。
殴られたら普通に警察に行くし、最初物事を荒立てまいとして怪我の理由を嘘ついた方もすごく可哀想ですし。
テレビから流れてくる情報を、あのワイドショーとか出演者の意見を抜きにして考えると、本当にシンプルな話ですよね。
僕がどうこう言った所で親方の処遇は変わりそうにないですけど、
誰が悪いのか?何が正義なのか?
そういう本質から目を背けない、見極めるって言う事が大事なのではないかなと思いました。
クソ真面目な話をした後なので完全に余談ですけど、
冒頭の2.借金については今更語る事はないですけど、
3.浮気についてはバレて殺されそうになりました。
包丁って痛いですね。
クリスマスデート、意外とやること無い説
「クリスマスは彼女とデートなんすわ」
バイト先の高校生が僕にそう言った。
なんすわ、ってマジで言ってるからね。僕を年上と思ってないからねコイツ。
まあ別にそれは良いんですけど、事の発端はこうだ。
僕が24日、バカ長いシフトになっていた。
確かに僕には何の予定もないが、「夕方君が出るなら別に休んでもよくね?」
みたいな風潮になり、みんな休みの希望を出したのだ。
勿論とばっちりがくるのは完全に僕だ。
長い時間働きたい気持ちと、なんでこいつらの為に僕が頑張らなきゃいけないんだとふつふつと思ったわけ。
で、
さり気なく冒頭にもあったように、高校生のバイト君に
「24日の夜、少しだけ出れないか~?」
とフレンドリーさ100%で聞いた所、
「クリスマスは彼女とデートなんすわ」
と返ってきたと、こういうわけだ。
僕思うんですけど、
高校生のクリスマスデートって何するんだ?
僕の地元は宮城県なので、東京ディズニーランドとかないし、
あるとすれば、ああ、思い出した。仙台光のページェントくらいなものだ。
行くか?
そもそも高校生が夜歩き回るのはアレだし、光のページェントなんて見たところで
「うわ~キレイ~インスタに載せよ」
くらいなもんだろう。
終わりじゃないか?
クリスマス、やること他にあるか?
僕の人生経験値が乏しいだけなのかもしれないが、クリスマスだからと言ってわざわざ何かをするわけでもないし、
クリスマスにおせっくすをした所で気持ちよさが2倍とか別にそういうのも多分ない。
何より人混みがすごいし、ストレスにならないか?
みたいな話をしたら、高校生に
「いや別に仕事してる方がダルいっすwストレスっすw」
と言われたので、
僕も女子高生とデートしてみたいなあと思いました(犯罪)
世の女性に対して書きました
突然ですが、人生の内で言われたい言葉ナンバーワンって何ですか?
人によって色々とあると思うのですが、僕は断然
「大丈夫?おっぱい揉む?」
です。
何を言ってるんだコイツはと思われてしまうかもしれないけど、
まあ僕の話を聞いて欲しい。
僕は別におっぱいが揉みたいわけではない。
いや、揉んでいいよと言われればそれは揉むかもしれないけど、
そんな積極的に揉みたいというわけではない。
もっと突き詰めて言うならば、揉む以上は多少の大きさは欲しい。
けれども小さくてもおっぱいには変わりはないのでそれはそれでいい。
大事なのは大きさではなくて、おっぱいであると言う事なのだ。
話が大分逸れてしまったけど、僕はこの「大丈夫?おっぱい揉む?」
という言葉こそが、現代で一番必要な事なのではないかと言う事だ。
まずは「大丈夫?」と気遣う心。これはすごく大事です。
人って心配されるとすごく嬉しいじゃないですか。
些細な事でも「大丈夫か?」と一言あれば、ああ僕なんかにも気を使ってくれて優しいなあと思ってしまいます。
ただまあ大丈夫?と聞くだけでは何となく偽善者のような気がしないでもない。
ただ声をかける事なら誰だって出来ます。
そこで大事なのが「おっぱい揉む?」の部分です。
「大丈夫?」で相手を心配しておいてからの、その心配部分を緩和させ、
なおかつ身を切る奉仕の心。これなのです。
相手を気遣い、労い、そして奉仕する。
僕はこれが人生において一番大事だと思います。
別におっぱいは揉まなくてもいいんです。言う事が大事なんです。
だから世の女性の人は僕を見かけたら「大丈夫?おっぱい揉む?」
と一言言って頂ければ、僕の心は晴れやかになり、明日からまた元気で生きようと言う気持ちになり、
そしてそのあとに揉みます。
明日にでも死にたいと思ってる人に向けて書いた(社会派)
久しぶりにブログでも書こうと思って、ブックマークを見たら、
自分のブログをブックマークに入れておらず、そら書きませんわなと思いました。
皆様如何お過ごしでしょうか。
早いもので今年も終わります。
今年こそは何かをすると言って始まった1年だったような気がしますが、
びっくりするほど何も出来てなくてめっちゃビビります。
ブログのタイトルの下にある
”フリーターが人生を逆転させるブログ”ですが、
まあそうですね、今年の始まりは5-0くらいで負けていて、
「一本出れば流れが変わるかもしれない」
という状況だったのかもしれませんが、
今の現状は15-0です。
しかも未だにノーアウト満塁のピンチを背負っているレベルですね。
ともかく1点でも多く返していこう、と僕の人生はなんかそんな感じになりつつあります。
(楽しいのかこれ・・・?)
でまあ、年末になると何かと人生に絶望した人が死にたいだの辛いだの言う季節ですが、
僕から言える事は、まあ生きてれば何かあります。
楽しいことがあるとは言いませんが、何かしらはあります。
朝っぱらから姪っ子が僕の寝室にトイザらスの公告片手にやってきて、
「これが欲しい!」と言わんばかりに僕にねだってくるわけです。
まあクリスマスも近いですから、僕もやっぱり大人としてのプライドがあります。
何とか買ってあげようと見たんですけど、何か風船を膨らますおもちゃみたいな奴で、
値段見たら4000円もするんですね、子供のおもちゃって高い。
まあしょうがねえなあと思った矢先に、妹が
「叔父さんはお金無いんだからそんな事言っても意味がないでしょ!!」
みたいな事を言うわけですよ。
いやお金がないのは事実ですけど、何もそこまで強く言わなくても。
姪っ子も姪っ子で「あっ、そっかあ!!」とか言って走って居なくなるし、
なんだこの人生は。
まあというように何かしらあるわけです。
生きていれば妹に馬鹿にされたり、姪っ子に呆れさせたりできるわけです。
(これがいいとは言っていない)
死んでしまったら馬鹿にされたりも呆れさせることも出来ないわけです。
朝の日差しが心地よいとも感じる事もできないし、鬱陶しいとも感じる事もできないし、
冬は寒いなあと思う事もできません。
何より良く通う風俗に二度と行けないって考えるとこれはもう死んでる場合ではないです。
つまり何が言いたいかというと、僕の人生は今は15-0で負けてますけど、
来年には何とか1点返して期待の若手でも発掘しますかなあと言う事です。
僕も頑張るので、皆さんも頑張りましょう。
という社会的な記事でした。
(最近はもっぱらポケモンです)
緊急事態
先日より実家をリフォームする事になり、仮住まいに引っ越した。
実家から車で1分の所くらいなので引っ越し自体は楽だったし、
今回は別に「リフォームはいいぞ」とか「引っ越しは大変だぞ」
という話をしたいわけでもない。
リフォームが良いことはみんな分かっているし、引っ越しだって大変なのは周知の事実だ。
僕が言いたい事はそんなことではない。
仕事が終わって仮住まいに帰るわけだ。
仕事も別に楽なわけじゃないし、もちろん疲れるわけだ。
「今日はあのAVを見て一発抜くかあ」と男特有の思考にたどり着く。
僕の頭はもう帰宅中それでいっぱいである。
いざ帰ってきて思うわけだ。
「あれ、プライベートの空間がなくね」
仮住まいが実家ほどのキャパシティもあるわけもなく、
ましてやリフォーム費用を負担しない僕に対する人権などあってないようなもので、
僕の寝床は洗面所だ。
緊急事態だ。
僕はこの行き場のない性欲をどこにぶつけたらいいのか。
そう思い立ってすぐにシティヘブンネットにアクセスし、仙台の風俗情報を調べる。
「この子いいなあ~」
「おっ、好みだ~」
しかし、冷静に性欲をぶつけるためだけに数万円を払うか?と言われると、
それはノーである。
別に風俗が嫌いなわけではない(むしろ好き)が、金が絡むといきなりうーんとなる。
しかも給料日前だ。一日のタバコ代を捻出するのも非常に大変なのだ。
そんな状態で風俗に行ってられるわけもない。
これは禁欲生活なのか。
僕のAVコレクションは暫く見ることはできないのか。
とにかく今は緊急事態だ。
今日1日煙草を買うために頑張った話
「煙草が切れたなあ、買いに行くか」
昨日は1日休みだったので、何かをしようと思ったのだが、
あいにく給料日も前ということで財布の状況は芳しくはなかった。
僕は口座にお金を残さないタイプなので、財布=全財産という状況だ。
ざっと見た感じ、125円ほどだった。
僕が吸ってる煙草は450円するわけで、小学生でも分かるが、125円では買えない。
困ったな。
僕はもう半分中毒みたいな所もあるので、無いと無いで結構ダメなのだ。
といあえず部屋の中をざっくり探して1本見つけた。
もしかしたら車に落ちてるかもしれない、と思って車を探したら3本見つけた。
計4本。
これだけあればとりあえず今日は持つだろう。
大事に吸わなければいけないなあと思いながらパソコンで色々やっていたら、
4本という心もとない灯はすぐに消えた。
じゃあもう寝ようと。
寝ることはすばらしい。体も休まれば、金も使わず時間が経過する。
そう思って昼間から寝ようとしていたわけだが、
バタバタドタドタと妹の子供たちが廊下で走り回っている。
僕にとっては騒音レベルだ。寝れたものではない。
まあすぐに収まるだろうと思ったが、今度は転んでどこかを強打したのか分からないが、
大声で泣き始めた。これは一喝しようと思った。
部屋から出た僕は開口一番で
「おい!うるせーぞ!!」
「おじちゃん、あたし、おそといく」
「おお、そうか、お外で遊ぶか!!」
気づいたら公園で子供二人の面倒を見ていた。
最近の公園は遊具がまったくなく、子供二人は砂場で何か遊んでいる。
僕はそれをベンチに座って見ているだけだ。
これはこれで時間が経過するのでアリかと思ったが、いかんせん退屈になってきた。
30分くらい遊んだだろうか。
子供たちは全然飽きる様子がないのだが、僕はもうとっくに飽きてしまっていた。
「よーし、そろそろ帰るぞ」
そう声かけたわけだが、聞く耳を持たない。
仕方ないので無理やり両脇に抱きかかえて家に帰ろうとしたのだが、大声で泣き始めた。
ふん、泣いた所で大人は強いのだ、無駄だ無駄。
そう思ったのだが、両脇に大泣きの子供を抱えた良くわからないTシャツを着たもうすぐ30ともなる男というのはビジュアル的にはマズイのではないか。
そう思ったが、いやでも飽きたしなあ、と走って帰ってしまうか。と。
そういうわけで両脇に大泣きの子供(二人)を抱えて走る30前のおっさんと化した俺は家に急いだ。
家につくなり妹に子供を引き渡し、やれやれ、疲れたわ、煙草でも吸うかと思って、
煙草の無いことを思い出す。
何とかならないか、おお、suicaがある。
もしかしたら中にいくらか入ってるかもしれない。
その昔、ちょっとリッチだった頃の僕は出先でsuicaを忘れるとその度に買ってしまうような人だったので、家を探したらざっと10枚くらい出てきた。
suica10枚って単純にこれ、みどりの窓口に持っていったら5000円になるのでは。
でもみどりの窓口までは30分くらいかかるので、それは面倒くさい。
とりあえず自分の職場へ行き、残高を確認する。
0円
0円
9円
0円
0円
12円
11円
0円
0円
0円
計32円。
まず電車にも乗れない。
というか俺なんでこんな使い切ってるんだ。
考えたら簡単である。
前にも同じ様な事を考えた時があったからである。
もはやここまでだ。
何だかんだもう20時になろうとしていた。
1日本当に俺は何をやっていたんだ。
そうやって帰ってきて、ふて寝をして、今起きたのだが、
「煙草がない」
ということを思い出してブログを書きました。
誰か450円を下さい。
ネパワ界とかいう存在
インターネットに触れた原点は何かな、と振り返った時に
僕の場合は90年代後半から00年前半に全盛期を迎えていた
である。
ただ、攻略サイトとは名ばかりであって、実際のそこはパワプロ・パワポケを好きな人が集まり、掲示板で雑談をしたり、チャットをしたり、カテゴリは限定されるがそれこそ「パワプロ好きのためのSNS」と化していた。
現在はSNSが普及しているのでこういう文化は廃れてきてはいるが、
「インターネットのパワプロファンサイト界隈」
通称「ネパワ界」が僕の原点でありスタートであった。
ネパワ界を他のコンテンツと区別する点で一番大きな事は、
「サイト数が尋常じゃない」
ということだ。
普通、ファンサイトなんてのはそんなに無いものだが、
ネパワ界に関しては100、200とかそういうレベルではない。
たぶん1000とか2000とか、それ以上あったんじゃないか、って感じもします。
だいたい同じような事ばかりやっているのに、なぜこんなにサイトが乱立したのか。
まず新作が出る度にサイトが出来る。これが一番の理由。
パワプロはシリーズものなので、発売と同時にサイトを立ち上げる人が多かった。
(これは現代でも大して変わらないけど、その乱立数が尋常じゃなかった)
時点での理由としては「独立」である。
独立とはなにか。
簡単に説明すると、あるサイトのBBSでワイワイ交流していると、やっぱり管理人はチヤホヤされがちなのだ。
なぜならそのサイトのトップであり、言ってしまえば神様である。
だから「僕も神様になりたい」という層が自分でサイトを立ち上げるのだ。
僕もそんな奴らの一人で、当時のホームページ作りというのはHTMLがメインでスタイルシートなど(当時は)複雑なものは分からなかった。
でも、テンプレートを配布されてたし、調べたりすれば自然とサイトは出来上がるのだ。
それすら出来ないような人は、「副管理人」あたりの座について少し上の立場になっていた。
でも実際運営を始めると、人はこない、更新は面倒くさい。
荒らし(すごく懐かしい単語)は出るわで、大変であった。
だから作っては消え、元のサイトに戻るが、そこも消え、でも移転して新しいサイトが出来て、そろそろもう一回やってみようかということでまた新しいサイトを作って・・・
そうやってネパワ界は繁栄(?)していったのだ。
しかしながら、我々も大人になり、SNSも普及し、
コンテンツだけに特化した交流サイトというのは、もはや絶滅危惧種だ。
ネパワ界も自然に衰退したし、付き合いというのもそれ以降は無くなってしまった。
ただ、当時Twitterがあれば、LINEがあれば。
もう少し変わった世界もあったかもしれない、でもそうなったらネパワ界自体が存在しなかったかもしれない。
今はなきネパワ界ではあるが、僕の原点は間違いなくここである。
たまーに懐かしんで残存しているサイトとかも見るが、ああ、こういうことやったなあ、とか懐かしくもあり、恥ずかしくもある。
青春の1ページなのは間違いはない。
こうやって人は大人になっていくんだなあ、とふと思いました。